セカンドライフの落とし穴

セカンドライフの落とし穴

第60回:認知症の家族の責任認めず(最高裁判決・平成28年3月1日)
   〜 妥当な判決と思うが、高齢社会の課題も山積み

   

認知症の人が徘徊中に列車にはねられ死亡した事故の賠償責任を家族が負うのかに関する最高裁判決が平成28年3月1日にでました。国は、医療と介護の両方を必要とする状態の高齢者が、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるよう、地域における医療・介護の関係機関が連携して、包括的かつ継続的な在宅医療・介護を提供する重要さを推進しています。一方、判決で浮き彫りにされた内容からも分かるように、住み慣れた地域で暮らし続ける難しさと課題も見えてきました。今回は、裁判の流れを追いながら、置かれた立場で異なる視点なども含めお話ししたいと思います。

<事案>認知症の高齢者がJR東海の線路内に入り電車と衝突して死亡 (平成19年12月7日)

@名古屋地裁の判決  〜 平成25年8月9日

同居の妻と別居の長男に、電車の遅延により発生した損害約720万円を支払えと判決。 長男は男性に後見人をつけず、介護方針など決定し事実上の監督者とした。

A名古屋高裁の判決  〜 平成26年4月24日

両親と別居期間20年以上の長男の賠償責任は認めず、妻は自立した生活をおくれない認知症重度の高齢の夫の監督義務があるとし、妻のみ賠償責任を認め約360万円を支払えと判決。但し、JR東海の過失も認め賠償額を半額にした。

B最高裁判決  〜 平成28年3月1日

妻は当時85歳で要介護1、長男は別居といずれも監督可能な状態になかったとして、家族の賠償責任は認めずとした。

但し、生活状況・財産管理への関与など介護の実態などを総合的に考慮して監督可能と判断された場合は賠償責任が生じるとしています。 つまり、今回は家族の賠償責任を認めませんでしたが、今後は個別で判断となるため、より不透明で複雑になりそうです。

最高裁は判決に先立ち、2月2日高裁判決の結論を変更する場合必要な双方の主張を聞く弁論を開いており、2審の判断を見直すことは予想されていました。

判決で家族の言い分が全面的に認められたが、家族・本人・JRすべて負担大

そもそもこうした事案において裁判に訴える例はまだまだ少ないようです。今回は幸いにも介護をしていた家族にとって、よい結果がでましたが、それでも関係者すべてがいろんな意味で負担を強いられてきました。
家族 → 事故発生から最高裁判決まで約8年、その間の裁判手続きなど含め家族の心労は並大抵ではなかったと推測されます。
本人 → 一番の犠牲者は事故で亡くなった認知症高齢者かも知れません。
JR  → 事故による当日の振替輸送などの費用負担が発生しています。

65歳以上の高齢者の認知症有病率は15% (平成22年)

厚生労働省の調査によれば、平成22年の日本人の人口のうち65歳以上の高齢者の認知症有病率は15%と約439万人となっています。

平成24年10月の人口における認知症有病者数は約462万人と推定されており増加に歯止めがかかりません。年齢別にみると、男女ともに75%未満では5%未満ですが、75〜79歳では10%超、80〜84歳では男性は6人に1人、女性は4人に1人が認知症有病者、同じ世代では女性の方が高くなる傾向です。

高齢期、誰もが認知症になる可能性がある中、今回の裁判の結果を単純に朗報と受け止めるだけでいいのか判断に迷うのは私だけでしょうか。

本人の権利擁護が語られない!

今回の裁判は誰に監督責任(賠償責任)があるかが焦点で争われましたが、亡くなった認知症高齢者本人の人権については各マスコミ情報でもあまり触れられていません。早めに施設に入居していたら痛ましい最期を迎えなかったかも知れません。最期まで在宅で暮らしたいと思う人が多いのも現実ですが、止むを得ず介護付き有料老人ホームや高齢者向けグループホームに入居したけど予想外に施設暮らしもいいと感じている高齢者も少なからずいます。 要は在宅生活の限界の見極め時期の判断と決断でしょう。但し、これが一番難しく悩ましい選択でもあります。介護付き有料老人ホームなどに入所なら費用も必要ですし、お金が不足なら特別養護老人ホーム入所などに関し行政との連携も関係してくるからです。

<例えば・・>

例えば、高齢・独居で市町村申立てにより成年後見人の支援を受けている人がいた場合、重度の認知症で徘徊が頻繁、近隣からの通報の電話が多数。しかし、特別養護老人ホームの入所はままならない状態。仮に本人が徘徊中に事故にあい死亡またはケガを負う、自宅で火災を発生し隣家に迷惑が及ぶ、高速道路を車で逆走して事故をおこし他人に危害を与えた場合などの損害賠償の責任者は誰がなり、本人の身体的安全はどうすれば守れるのでしょうか。

今回の最高裁の判決が出る前にある市役所の高齢福祉課の担当者に電話でお聞きしたところ、「責任問題は考えていません」のみ回答、現場で仕事する身から心配は募るばかりです。

判断能能力が低下した人に4親等以内の親族がいない、あるいは親族はいるが申立てを拒否、または本人に虐待をしている場合には、市町村長が法定後見開始の申立てをすることが認められている。

専門職の成年後見人などの定期訪問は、基本的に月1回。毎日訪問の支援は無理です。 同居する親族成年後見人などなら場合によっては賠償責任が発生するのでしょうか。ただでさえ重い責任が課せられる成年後見人などの成り手か減りそうで心配です。

現在、成年後見人などの不正報道も専門職・親族に限らず増えています。今回の裁判結果から同居の親族が成年後見人などにならずに不正をした場合、不正の実態も見えにくくこれまた違う意味で問題です。

いずれにしても、個別の状況で賠償の有無が決まることは支え手側の不安材料です。 なお、賠償リスクの備えとしては、損害保険会社が扱う自動車保険や火災保険、障害保険の特約に加入する「個人賠償責任保険」などがあります。今後認知症の事故 (賠償側・賠償を受ける側) に備える保険知識も必須となるでしょう。

高齢期は過去経験したことがない予想外の出来事の連続と認識しておきましょう。だからこそ、本人が本当にありたい気持ちを伝えられるうちに家族に伝えておくことで、家族も支援しやすくなり、イザ判断能力がなくなったとき高齢者本人と支える家族を守ることに繋がるのです。 誰しも認知症の話題は避けたいのが人情ですが、笑って話し合えるときに自分と家族ができる範囲の内容を伝え話し合っておくことが、イザそのとき家族の気持ちを1つにできると捉えれば、認知症など含めた介護に関する話題も前向きな会話になりそうです。



執筆:音川敏枝(ファイナンシャルプランナー)CFP®
社会保険労務士、DCアドバイザー、社会福祉士。
仲間8名で女性の視点からのライフプランテキスト作成後、FPとして独立。金融機関や行政・企業等で、女性の視点からのライフプランセミナーや年金セミナー、お金に関する個人相談、成年後見制度の相談を実施。日経新聞にコラム「社会保障ミステリー」、読売新聞に「音川敏枝の家計塾」を連載。 主な著書に、『離婚でソンをしないための女のお金BOOK』(主婦と生活社)、『年金計算トレーニングBOOK』(ビジネス教育出版社)、『女性のみなさまお待たせしました できるゾ離婚 やるゾ年金分割』(日本法令)、『認知症マネー まるわかりガイド』(相続・後見マネー塾 (共著) アールズ出版)。
HP: http://cyottoiwasete.jp/

ページの先頭へ

Copyright(C) NTT IF Corporation